「あいも変わらずお仕事忙しそうね」

ノックをして入った部屋の中央に置かれた執務用の大きな机に座りペンを走らせていた彼の元に様子を窺う様にゆっくりと足を進める。

顔は上げずに「ああ」と短い返事を返すガブラス。
邪魔をするのも悪いので彼が見えるようにソファに腰を下ろして待つことにした。
持っていた包みは未だ見えないように自分の背に隠しながら。






Sweet Kiss GABRANTH





やけに時計の針が動く音が響き、何だか変に緊張してきた気がする。
すぐに渡そうと思っていたのに間が出来てしまったからか、
それとも彼がこういう行事に何の興味もなさそうだなぁと思えてきたからだろうか。。。

「・・・・・・・・・・」

どうしようか迷う。
時間を改めようか・・・・。。

「あの、、ガブラス」

「・・・・何だ?」

「今日は外務に行く予定などはある?」

「無いが」

「そう・・・そっか」

そうなんだ。じゃあやっぱり時間を改めよう。

「お忙しいみたいだから、また後で要件を伝えるわ」

「言うだけなら、今で構わん」

「え、と。別に急いでないから」

「そうか、悪いな」

「ううん。気にしないで。お仕事頑張って」

「ああ」


顔を上げたガブラスに片手を振りながら笑顔を向けて
悟られないようゆっくりと後ろ向きで下がりながら部屋を出た。


廊下を早足で進んでいると反対側から歩いてくる女官達が、
何やら私と同じように背中に手を回した格好をしている。

もしかしたら今から誰かに渡しにいくのだろうか。

「・・・・・・・・」

一体誰だろう。

彼女達が向かう方向を振り返って確認する。
さっき私が通っていた中庭や通道をなぞるように進んでいくではないか。





「うそ。。。。」





私だけが女じゃないし、彼の事を好いているのも私一人な訳が無い。
みるみる不安と苦しさに胸が締め付けられ、気持ちに押されるように元来た道を走っていた。

ガブラスの執務室に続く廊下まで戻って来たがさっきの女官達の姿は無かった。

最悪だ、、、何であの時渡さなかったんだと後悔しながら、今度は相手のことも考えずに部屋の扉を思いっきり開けた。

「はぁ!、、はぁ。。ッ。。ガブラス!やっぱり聞いて欲しいのッ!!」

ガタンと壁に強く当たり跳ね返ってくる扉が自然に閉まり
部屋は時計の音との上がった呼吸が交互に聞こえる。

流石のガブラスも持っていたペンを置き一度ゆっくりと瞼を閉じた。


「一体どうした」

「私がここに戻ってくるまでに誰か来なかった?」

「ああ、少し前に」

「え――」

愕然とした顔のを見て、呆れたように溜息をつくガブラス。

「だが、忙しいといって帰した」

「え・・ッ・」

今度は逆に嬉しそうな表情、そして少し赤くなる頬。
いつも冷静を装う立場のが見せたその様子にガブラスは口元を緩め名前を呼んだ。



「あの、お説教なら後で聞くわ。その前に私の話聞いて下さる?」

そう言って椅子に座っているガブラスの横まで歩いていくと手を出すように促した。

「それと、目も瞑って」

「何を企んでいる」

「言えない。ほら早く」

言われるままに閉じて片手を差し出すと、その上に何かをのせられた。
それで事は済んだだろうと目を開けると同時に唇に触れた柔らかい感触。

重なった目線をそのままで鼻先でじゃれ合ってくる

「今日、バレンタインデーだって知ってた?」

「いや・・・・」

「ふふ、やっぱりね」

と、クスクスと笑う
もう一度唇を重ねてから離れ、手に渡されたものを見たガブラスが僅かに眉を顰める。

、、、、聞きにくいんだか」

「何?」

「この中身は・・・」

「分かるでしょう?」

あから様に逸らされた顔。
そして困ったように唸ったガブラスの様子にも困ったような顔をした。

「・・・・・もしかして」

「ああ。・・・・・甘いものは、、、」

「・・・・やっぱり」

いつも見せないような表情で謝ってくるガブラスに何だかこっちが畏まってしまった。
自分でももしかしたらと思っていたことだからショックではないのに。

「どっちかだと思ったの。大好きか嫌いか」

「甘いものが好きそうに見えないだろう」

「甘党なら可愛いと思うし、嫌いならそれも貴方らしくて好きよ」

「そんな事を思うのはお前だけだろうな・・・」

「私だけでいいの。それに嫌がる顔を見られるのは特権だわ」

「・・・・・・・・何を言っているんだ

包みのリボンに手がかけられ解かれてゆく。
そして箱の蓋が開いて香る甘い香り。


「食べさせてあげましょう」

にっこりと悪魔の微笑みをむけながら近づいてくるチョコレートを持つ指先。
顰める表情が何だか可笑しくて楽しそうに攻寄る

「危なくはないんだけど。心配なら私が毒見でもするわ」

「そうではないッ」

「結構苦めにしてあるの。だから、半分だけ!」

言われて仕方なく頷くが、きっと今口を開ければ一個丸ごと入れられだろう。
そう思いガブラスはが先ず半分食べるようにと上手く話を誤魔化す。
それを知ってか知らずかチョコレートを美味しそうに口にしながらは残り半分を相手に差し出した。

「どうぞ」

すると想いの外あっさりと口元にそれを運んだガブラス。

だが口の中には含まず唇でそれを咥えているばかり。
食べてと促そうとしてが口を開けた途端、いきなり首裏に手を回された顔をグイと引き寄せられた。

「――-!!!」

渡したはずのチョコレートはの口の中に入り込み相手の舌先が唇を優しくなぞってくる。
思わず身動ぎするが、空いていた片方の腕が腰に回され囚われてしまった。


珍しく口元を上げガブラスが囁く。

「こういう甘さは嫌いじゃない・・・・」

「――ッ」

呆然とするをよそにチョコレートよりも甘い言葉を告げたその唇が、
優しくもう一度触れた。

その口付けに私の心は容易く溶けだしてゆく――。